ここが知りたいRoHS指令

ここが知りたいRoHS指令

電子・電気部品に関する欧州の環境規制(RoHS指令)について紹介

2018.05.11

フタル酸エステル類移行量測定中間報告

RoHS(II)指令は2019年7月22日からフタル酸エステルのDEHP(CAS No 117-81-7)、BBP(CAS No 85-68-7)、DBP(CAS No 84-74-2)、DIBP(CAS No 84-69-5)について、それぞれ0.1重量%以上の含有を制限します。このため、日本企業のグリーン調達基準では、物流在庫を考慮したものと思いますが、すでに前倒しで規制しています。さらに、フタル酸エステルを含有している部品や材料と接触したフタル酸エステル非含有の部品や材料に、フタル酸エステルが移行することが懸念されるとして、さまざまな要求がでています。
 これまでのコラムでもすでに紹介しましたが、移行量に関する論文も公表されています。この試験条件(IPA法:直径47mmの吸着ディスクを試料に密着させ、上部をステンレス製のディスクカバーで覆って測定)とフタル酸エステルを含有しているポリ塩化ビニル(polyvinyl chloride PVC)マットを敷いた作業机上で作業する場合では条件が異なるとする意見もあります。

フタル酸エステル類有識者会議(私的)で、フタル酸エステルの移行量の測定をフーリエ変換赤外分光光度計(以降FT-IRと略記)やラマン分光装置(以降ラマンと略記)などによる簡易分析法を検討しています。
 3月に、DEHPを含有したポリ塩化ビニルマット上にDEHPを含有していない製品を接触させて、移行量をFT-IRとラマンで確認測定を行いました。
 継続測定中ですが、測定結果の中間報告をします。

アメリカのCPSC(U.S. Consumer Product Safety Commission)の玩具中のフタル酸エステルの分析方法は CPSC-CH-C1001-09.3(Standard Operating Procedure for Determination of Phthalates)1)によりIEC62321-8と同様にGC-MSとしています。この分析法では、従来仕様ではフタル酸エステルを30%前後含有させていますので、FT-IRでフタル酸エステルの濃度を事前に調べて(Pre-Screen)、高感度分析法のGC-MS用試料の希釈率を決めるとしています。CPSCのFT-IRでのPre-Screenではフタル酸エステル(複数)の合計濃度が10%以上であれば、1600cm-1と1580cm-1にダブルピークが出るとしています。(A doublet peak at 1600 and 1580 cm-1 can be observed when phthalate(s) are present in amounts of ~10% or greater.)
 蛍光X線分析装置が重金属のスクリーニングで多用されていますが、FT-IRがフタル酸エステル類の非破壊のスリーニング・簡易分析法になると考えられます。
 また、ラマンの検出下限濃度は、FT-IRの1/10以下と言われていますので、簡易分析法の可能性を探る意味もあり測定を行いました。

1. FT-IRとラマンによる材料分析結果

試験試料は次の4種類で、横浜国立大学機器分析評価センターに測定を委託し、測定データ(Excel Format)を得て、グラフ化したものを示します。

  • (1)ポリ塩化ビニルマット(塩ビマット) “DEHPを約30%含有”
  • (2)市販ポリ塩化ビニル製消しゴム(消しゴム) “フタル酸エステルフリー”
  • (3)市販文具の15cm定規(定規) “アクリル樹脂”
  • (4)市販DIY(do-it-yourself)用ボード(ボード) “ポリエチレン樹脂”
1.1 測定結果

FT-IR(ATR法)およびラマン(532nmレーザー光)で測定しました。図1図4に示します。

Chemical Prioritization Process
1.2 フタル酸エステル類の特徴スペクトル

フタル酸エステルはベンゼン環の隣接した2箇所(図5)にエステル結合(図6)を有し、直鎖または分岐したアルキル基(メチル(CH3)からトリデシル(C13H17))と結合した多くの種類があります。生産量の多いのがDEHP(図7)です。

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なお、ポリ塩化ビニルの可塑剤としては、アジピン酸エステル(図8)やDEHPに類似した物質のDOTP(Dioctyl terephthalate、ベンゼン-1,4-ジカルボン酸ビス(2-エチルヘキシル、CAS No 6422-86-2)(図9)があります。DEHPはカルボン酸が隣同士(オルト)ですが、DOTPは反対側(パラ)です。DOTPは現時点ではRoHS(II)指令で対象となっていません。
 片方にベンゼン環、もう一方にアルキル基を有するエステル結合のスペクトルの識別が必要となります。
 今回の簡易分析法の検討では、これらのカルボン酸エステル類とフタル酸エステルとの識別方法も検討しています。 これらの多くの類似物質の識別はFT-IRやラマンでは難しい点もありますが、特徴的スペクトルの位置は多くの文献に示されています。
 「プラスチック分析入門」(丸善出版、西岡利勝・寶﨑達也編)では、DEHPは1600cm-1と1580cm-1に強い吸収(スペクトル)があるとしています。CPSC-CH-C1001-09.3のスペクトル(図10)および今回測定した塩ビマットのスペクトル(図11)を示します。この吸収スペクトルはベンゼン環の特徴スペクトルです。なお、ベンゼン環のオルトの位置の2置換体では750±10cm-1に吸収がありますが、ポリ塩化ビニルにも600~700cm-1に吸収がありDEHP含有の塩ビマットは、これらのスペクトルが重なって出てくることになります。さらに、ポリ塩化ビニルには、可塑剤以外に熱安定剤、安定化助剤、酸化防止剤、光安定剤、滑剤、充填剤、衝撃改質剤、加工助剤、帯電防止剤、難燃剤、着色剤などが用途のよって添加されていますので、スペクトルは複雑になります。

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なお、国立研究開発法人産業技術総合研究所が「有機化合物のスペクトルデータベース SDBS」2)でスペクトル検索(無償)ができるようにしています。
 また、FT-IRやラマンの原理などは、(一社)日本分析機器工業会が「分析機器情報 分析の原理」3)で紹介をしています。

2. ラマン分光装置による移行量の測定

DEHPを約30%含有したポリ塩化ビニルマット(塩ビマット)上に、前項で測定しましたフタル酸エステルフリーの市販ポリ塩化ビニル製消しゴム(消しゴム)、アクリル樹脂製の市販文具の15cm定規(定規)およびポリエチレン樹脂製の市販DIY用ボード(ボード)を事務室に自重で置き、1日後、2日後、7日後の移行量をラマンで測定しました(図1214)。

Chemical Prioritization Process
Chemical Prioritization Process
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測定結果は、1日~7日後のデータでは、有意な移行量を確認できませんでした。
 図示しましたグラフは、0日、1日、2日、7日後について、各1点のデータとしましたが、実際の測定では、数か所サンプリングしています。
 グラフ化では、測定点での差異が微少であることから、単純化するために1点としました。
 移行量の測定対象とした材料は、ポリ塩化ビニルマットと同じポリ塩化ビニル製品の消しゴム、異なる材料のアクリル樹脂とポリエチレン樹脂としました。

3. 検討事項
3.1 フタル酸エステルフリーの動き

塩ビマットは、工場の作業机や子どもの学習机のマットとして市販されています。最近は、フタル酸エステル類の有害性が話題となり、大手メーカー製品などはフタル酸エステルフリーとして販売をしています。新旧学習ポリ塩化ビニルマットのラマン測定結果(図16)を示します。

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フタル酸エステルが含有している典型例として引用される消しゴムも、前記の測定データのように、最近の販売品はフタル酸エステルフリーとなっています。

3.2 移行の条件(図17

今回の移行量測定では、消しゴムなどの自重で密着させました。この場合は、塩ビマット中のDEHPが浸みだして移行することが考えられます。
 塩ビマットと消しゴムの間に隙間(距離)がある場合は、塩ビマットの表面に浸みだしたDEHPが蒸発して、消しゴム表面に付着して移行することになります。距離と温度が大きなファクターになります。

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3.3 分母の考え方(図18

ポリ塩化ビニルマットと消しゴムを密着させたときに、消しゴム表面に存在する場合と内部に浸み込む場合があります。
 内部に浸み込む場合は、消しゴムが分母になります。
 表面に存在する場合は、移行物質はほぼほぼ100%濃度ですが、法規制上の分母は消しゴムとするのか明確になっていないようです。多くのグリーン調達基準は表面に存在しないことを要求しているようです。

3.4 摘発事例

2017年第46週にRAPEXで玩具のプラスチック人形が摘発されています(Alert number: A12/1575/17)。摘発理由は、DEHP 0.2471%、DINP 0.428%、DIDP 0.1031%を含有しており、REACH規則の附属書XVII(制限)No51、No52に適合していないとするものです。No51は、DEHP、DBP、BBPの合計が0.1%、No52は、DINP、DIDP、DNOPの合計で0.1%が基準です。
 ここで注目されるのが、例えばDEHP 0.2471%(一般的な測定データとしては桁数が多い気がしますが)という低濃度での摘発という点です。可塑剤としてDEHPを使う場合は、20%前後入れますので、0.2471%濃度はリサイクル材の使用あるいはコンタミと思われ、新たな課題が生じた気がします。

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3.5 意図的と非意図的混入

フタル酸エステルを意図的に含有させる場合は、多くの事例では10%以上含有させます。この場合はFT-IRで測定できます。前項の摘発事例のような低濃度の検出は難しいようです。
 簡易分析法の検討の背景は、FT-IRが非破壊検査法であり、税関・市場監視で意図的含有が確認できることと携帯型もあるという点です。しかし、FT-IRの検出下限は技術の進歩で改良されていますが、各フタル酸エステルが0.1%未満の測定は困難と思います。
 FT-IRで10%以上検出されれば意図的で「黒」で、それ以外は非意図的混入の「グレー」で、「グレー」の判定はGC-MSもありますが、技術文書による順法証明もあると思います。
 税関・市場監視用として携帯型FT-IRの可能性を確認し、提案したいと思っています。移行などの非意図的混入レベルがラマンで検出できるか確認測定をしています。

4. 今後の予定

3月28日に東京都立産業技術研究センターでフタル酸エステル類の移行に関するセミナーを開催しました。このセミナーでは、前項のデータをいくつかを示し、中間報告としました。
 セミナー参加者あるいは「J-Net21ここが知りたいRoHS指令」の読者の方から、中間報告の開示や今後の予定の問い合わせが多くきています。
 3月に実施した測定は、通常の工場での状況を想定した特定の条件での移行量を確認するもので、移行量を確定するものではありません。
 3月28日のセミナーでの意見交換やアンケートでは、過剰、過少の考え方が示され、フタル酸エステルの移行の感覚を掴んでいただくことを目的としています。
 今後の予定は5月末までに、10日経過後、20日経過後、30日経過後の移行量測定を行います。同時に、GC-MSとの比較を行うために、MS用標準試料を手配し、測定を計画しています。
 6月にフタル酸エステル類有識者会議を開催し、測定結果の評価やFT-IR、ラマンのメーカーの方々と新なRoHS指令の規制案物質のMCCPsなどの測定の可能性などについて意見交換する予定です。
 これらの結果は、7月頃の「J-Net21ここが知りたいRoHS指令」のコラムに掲載する予定です。
 また、7月4日に開催される地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)のセミナー4)で有識者が解説する計画です。
 なお、非意図的混入対応、測定データの高解像度図やフタル酸エステル類有識者会議のコメントなども提供する計画です。

(松浦 徹也)

1)https://www.cpsc.gov/s3fs-public/pdfs/blk_media_CPSC-CH-C1001-09.3.pdf
2)http://sdbs.db.aist.go.jp/sdbs/cgi-bin/cre_index.cgi
3)https://www.jaima.or.jp/jp/analytical/basic/
4)https://www.kanagawa-iri.jp/human_res_devl/res_human_devl/edu_h30/ed30_seminar_05/

当解説は筆者の知見、認識に基づいてのものであり、特定の会社、公式機関の見解等を代弁するものではありません。法規制解釈のための参考情報です。 法規制の内容は各国の公式文書で確認し、弁護士等の法律専門家に判断によるなど最終的な判断は読者の責任で行ってください。

情報提供:一般法人 東京都中小企業診断士協会

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